ロボ立ち方色々。
参考になるような気がする。
ノータッチは酷いけどたまにショップの写真でもあるのがなんとも。
ガイナ立ちは意外と難度が高い。コレらに加えて片膝立てとシード立ち(浮遊、種ポとも) がトレンドかなあ。

ロボ立ち方色々。
参考になるような気がする。
ノータッチは酷いけどたまにショップの写真でもあるのがなんとも。
ガイナ立ちは意外と難度が高い。コレらに加えて片膝立てとシード立ち(浮遊、種ポとも) がトレンドかなあ。
以前、”Windows 8とOS X Mountain Lionの行方”というタイトルの考察を書いた。
ふらふらとインターネットをさまよっていたら、このような記事を見かけた。
「トースターと冷蔵庫を1つにすることはできる。だが、そんな製品を作ってもたぶん誰も喜ばないだろう。どんな製品でも1つにまとめることはできるが、そこでは妥協が生まれる。結局のところ、そのような製品では誰も満足させられない」 (引用:Apple CEO の Tim Cook 氏、「トースターと冷蔵庫を1つにしても、だれも喜ばないだろう」)
これなんだな、って思いました。Windows 8の妙な違和感。
「モニターの光の中に人生はない」
(butazuratrukから)
ソフトウェアをただで作れると思ってる人は、レストランの料理も食材費のみで作れると思ってるんだろうな。
(出典: himmelkei、butazuratrukから)
転(くるり)
周(ぐるり)
(butazuratrukから)
男性が女性に抱く願望って、かわいいもんじゃないか。スクール水着着て欲しいとか膝枕で耳掃除して欲しいとか絶対領域を強調して欲しいとか。逆に、女性が男性に抱く願望はほとんど妄想に近くて、年収600万以上とか、医者、弁護士、政治家とか。無理すぎると思うんです
(via:iwatuki)
(出典: yuco、butazuratrukから)
同性愛は西洋社会がつくり出したのではなく、人類の現実です。そして同性・異性愛者を問わず全ての人々の人権を守っているのは、西洋諸国の政府だけではありません。アパルトヘイト後に起草された南アフリカの憲法は、ゲイを含めた全ての国民の平等を守っています。コロンビアとアルゼンチンでもゲイの権利は法律で守られています。ネパールでは、最高裁判所がLGBTの国民にも平等の権利が与えられるとの判決を出しています。モンゴル政府はゲイ差別と闘う新しい法律の制定に取り組んでいます。
LGBTグループの人権の保護は、豊かな国家だけに許されるぜいたくではないかという懸念もあります。しかし実際にはどの国でも、こうした権利を守らないことこそが損失につながります。例えばゲイか否かにかかわらず疾病や暴力で命が失われる、地域社会の強化につながる意見や考え方が抑圧される、起業家がたまたまゲイだったためにアイデアを実現できないなどの損失です。女性、人種的または宗教的少数派、LGBTを問わず、あるグループが他のグループに比べて劣るものとして扱われれば損失が生じます。ボツワナのモハエ前大統領は先ごろ、LGBTの人々が陰に隠されている限り、HIV・エイズに取り組む効果的な公衆衛生プログラムを実現できないと指摘しました。これは他の課題についても当てはまります。
(butazuratrukから)
この『ニャル子さん』の世界では、同性愛も異性愛と対等のフツーのことという前提が浸透していて、クー子がニャル子にベタ惚れ、ハス太が真尋に一目惚れってのも、決して二次創作の同人誌のネタでもなんでもなくて公式な設定ですし、これらが性他認上で同性間であること自体はいっさいギャグになっていません。
視聴者も「男女の」「異性愛」を前提としていては、劇中のフクザツな三角関係的人間模様が逆に理解できなくなってしまうという、そういう仕様の作品になっているわけです。
やはり深夜アニメには、ジェンダー(あるいはセクシュアリティ)センシティブな視点で見たとき、旧来の批判が色褪せて見えるほどカッ飛んだ掘り出し物作品があるので侮れないですね。はたして深夜アニメは既成のジェンダー秩序(およびセクシュアリティ秩序)をどこまで撹乱できうるのか!?
少なくとも、こうしたつくりの物語群を見慣れてくると、逆に、いつまでも【「男女」の異性愛物語】を平然と流し続けているゴールデンタイムのドラマのほうが、むしろ幼稚な「お子様向け」に思えてくるからオモシロイものです。
(butazuratrukから)
一方、女の人には劣等感がないっていうのは、一方的に負けないからです。向こうからおっぱいの大きい人が来ても、「羨(うらや)ましいわ。あんな胸してたらね、私なら世界征服できたのに。私なんか洗濯板に干し葡萄だわ。羨ましい。でも、あの人頭悪そう(会場笑い)」それで、ちゃら(相殺)にするんです。決して一方的に負けないんです。向こうから格好の良い背の高い人が来たとします。「あの人すごいわ。ブランドだらけ。靴はシャネル、着ているものはエルメス、凄いわね。みんなブランド。私なんか全部無印よ。でも、あの人きっと売春でもして稼(かせ)いでいるのよ(会場笑い)」向こうから見たところ非の打ちどころのない女が来ます。趣味もいいし、美しいし。「負けたわ。あんな欠点のどこにもない女っているのね。でも、あの人根性は悪そう(会場笑い)」見えるところが完全に負けとなったら、見えないところで欠点を探そうとします。それが女です。とにかくね、「女が弱い」というのは嘘なんです。
http://www.relnet.co.jp/izuo/brief/kinenko19.htm
三輪さん、女を語る
(via nkml244)
(butazuratrukから)
「椅子が7個あります。子供は10人。どうしましょう」という問題に「みんなで立って我慢しました」が正答になるのが今の日本。座ろうとする人がいたら? もちろんそれ以外の全員で袋叩きにするのさ。8個目の椅子を作ろうとする人がいたら? 「お前だけ座ろうとするのか」と責められるのさ。
(butazuratrukから)